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印刷の工業化と技術の発展

1837年から1845年にかけて、イギリス・ドイツ・フランスの3国で手漉き工業の多くが機械漉き製紙業に転換しました。印刷の工業化がすすんでいることの一例として挙げられます。1839年にはイギリスのポントンが重クロム酸アルカリ液の感光性を発見し、写真に生かされることとなります。1846年のアメリカでは、ホーが輪転機を制作し発行能力が毎時8000枚になりました。1848年は長崎通詞の本木昌造がオランダから活字と機器を購入した年です。こうした技術の発展で着々と、現代の印刷の姿に向けて進んでいくこととなります。

日本初の洋式新聞の誕生

1852年はイギリスのタルボットにが重クロム酸ゼラチンで写真の凹版を制作しました。1853年には、ついにフランスのニエブスによって写真のカラー印刷が考案されます。それに関連して、1854年にはフランスのボアトバンがコロタイプとカーボンを使う方法を発明し、1867年にアメリカでタイプライターが実用化されることになります。フランスのオーウロンは、1869年に三色写真法の原理を確立します。1870年には前述の本木昌造が長崎に活版製造所を創設し、日本初の民間活版業として洋式新聞を創刊し印刷していくこととなります。

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